父の人生

父は昭和16年に生まれました。

上に兄と姉、下に弟のいる6人家族で山間の田舎の村で育ちました。

高校受験の日に体調を崩し、第1希望の高校を受験できず、水産高校に入りました。

そこでとりあえずボイラーの資格をとりました。

クラッシックギターを弾きながら歌を歌い、歌手を目指しました。

卒業と同時に上京し、とあるオフィスビルの地下でボイラーを管理する仕事をする傍ら、
音楽専門学校のようなところに入りました。

しかしその学校での始めての発表会で辛い思いをし、歌の道を諦めました。

ビルの上層階にある社員食堂で、ある女性に一目惚れしました。

父は直接その人に話しかけることが出来ず、食堂のおばちゃんに愛のキューピットをしてもらいました。

そしてみごと彼女をゲット!

結婚した父と母は、茨城県の南部の町に家を建てました。

父は始めのうちは東京の職場に通っていたのですが、しばらくすると退職し、自営業を始めました。

当時は一戸建てのトイレはまだ汲み取りトイレだったので、汲み取り槽の臭い空気を外に送り出す換気扇が必要なわけですが、その換気扇の販売・取付けを一人でやりました。

東京・千葉・茨城・埼玉。
結構、広範囲で商売をしていたようです。

その後、下水道が整備され、汲み取り槽用の換気扇の需要が無くなりました。

すると父は、筑波学園都市にある原子力関係の施設の夜勤パートになりました。

仕事内容は簡単でメーターを見張っているだけですが、何かあっては絶対にいけないので気が抜けず、警報が鳴るとものすごいプレッシャーだったそうです。